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千原ジュニアではなく千原浩史について(映画:ポルノスター)

 

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僕は千原兄弟の弟、千原浩史のファンであった。

今では沢山のレギュラー番組を抱え、バイク事故の後遺症の整形で愛嬌のある二重瞼となり、必要以上に大げさなリアクションや愛想笑いをする。

 彼にとっては2000年前後の東京進出で辛酸を舐めた経験からすれば、今の状況は成功なのかもしれないが、芸人として成功したとは僕には思えない。

どちらかというとタレントとして大成功はしたが、芸人として千原浩史が背負っていたものを捨てて、少し安易に大衆に迎合しすぎたのではないかと思う。

これはダウンタウンの松本さんのファミリーに入ってしまったことが大きな転機だったろう。

 

僕は九州の片田舎に生まれたため、関西のバラエティでの様子は見たことはないが、千原兄弟のTSUTAYAのお笑いコーナーにあったものは全部見て、時には同じものを繰り返し借りるぐらい中毒性のある素晴らしいコント作品だった。

今でこそ才能に溢れた若い芸人さんが沢山出てきているが、90年代後半から2000年にかけては、芸人さんの母集団も今より少なかったこともあるが、千原浩史松本人志に比肩するぐらい際立った存在だった。

ちょうどワンナイのメンバーなどが東京に進出し千原兄弟も、「わらいのじかん」という番組でワンナイメンバーたちと松本人志の番組に出る頃から交流が始まったようである。

ジュニアさんは吉本所属における唯一の板尾軍団のメンバーだったらしく、板尾さんのエピソードで幾度も爆笑をさらっていた。

 

大阪時代は2丁目劇場のリーダー格を担い、ライブでは大阪城ホールを満員にし、大喜利の書籍を出すなど松本さんが歩んだ道をなぞるように進んだ。

決して真似たわけではない。能力がその道を歩ませたのだ。

当時唯一それができるだけの才能が松本人志に準じてあったのだ。

そして「ダウンタウンがなんぼのもんやねん」と大口を叩けるほど能力と勢いがあった。

 

東京に出たての頃にバラエティ出ているのを見たが、無愛想で緊張感がありつつも笑いはしっかり取っていたように思う。

だが当時東京のバラエティは今のように大量の芸人さんが出られる「お笑いブーム」のまだ黎明期であった。あの振る舞いで受け入れられる土壌はまだ整っていなかったように感じる。

 

僕は全てのショービジネス(音楽やサーカスや興行など)にはスリルがなければならないと思っている。

スポーツの試合はどちらが勝つか分からないという意味でスリリングである。

しかし昨今のテレビ業界は安全で炎上しないような、いわばメリーゴーランドのようなゆるい雰囲気で、次に何が起こるんだろうというハラハラしたものがい緩いものばかりである。

 

ある時期の松本人志千原浩史もその意味では芸人としてスリルに満ち溢れていた。バイク事故以降の変化でお客さんに対する接し方などを180°改めてしまったが、ふてぶてしく緊張感に溢れ「自分が一番面白い」という両者のスタンスを曲げず、千原浩史には松本人志の対抗馬であって欲しかった。

 

などというのを「ポルノスター」という豊田利晃監督の映画を見て思った。

この映画は90年代の時代の雰囲気を絶妙に切り取った良作で、ちょうど世紀末が近まっていた頃の人々の刹那的に生きる様子が刻銘に収められている。カルチャーやファッションやギャングと呼ばれる人など、当時に青春時代を過ごした人は懐かしみを感じるだろう。

千原ジュニアさんにはもう映画の仕事はあんまりこないと思う。

ちなみにこの映画のヒロインでジュニアさんとキスシーンを演じた女優さんは極楽トンボ・加藤さんの奥さんである。