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英雄譚・秋山好古(陸軍大将)

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司馬遼太郎の作品「坂の上の雲」という小説の主人公が秋山好古という男だ。

彼を一言で表すと「尋常ではない大酒飲み」だ。

 「日本騎兵の父」として知る人ぞ知る軍人。

進撃の巨人」という作品のピクシスというキャラクターのモデルであったらしい。

 

ある高名なフランス軍人日露戦争を総括し、「秋山好古の生涯の意味は満州の野でコサック騎兵を破ったというただ1点に尽きる」と明言した。

日露戦争では大将として従軍し、戦場では指揮官として戦術を練っていた。

持参物は模造刀と自決用の小型ピストルと酒の入った水筒だ。

お酒のストックは直属の部下にも持たせてある。

「身辺は単純明快であれ」

これが彼の生涯の信条であった。今風に言うとミニマリストとなるのだろうか。

 

銃弾や砲弾の飛び交う戦場で、戦況に頭を悩ませながら口に酒を運ぶ。

そこだけを切り取れば「世界びっくり人間」とか「名物酔っ払い軍人」みたいな印象を持たれるかもしれないが、その逆で何事にも誠実で寡黙、思慮が深く最後の古武士と称されていた。

どのようなメカニズムか分からないが酒を飲むことで思考が静謐になる体質だったらしい。

 

彼は5番目の弟が東大生の時に、人間はどう生きれば良いかと質問をされた。

この5男は後に海軍へ入隊し、日本海軍最高の頭脳として「丁字作戦」の草案を出した秋山真之という海軍の名参謀になる。

この時好古は「自分は軍人である以上、陸軍の一個の機能(ファンクション)としてありたいと思っている」と答えた。

「学生と言う漠然とした存在のことは良く分からない」とも。

好古の兄さん、僕も未だに答えが分かりません。

 

規律の厳しい全体主義的な陸軍の中でも、その哲学は合理的でロジカルだった。日本の騎兵はロシアと比較して歴史が浅く、馬格も経験も戦術理解も騎兵・騎馬数も大きく負けていた。

そこでその差を埋めるために当時まだ馴染みの薄かった機関銃の支給を本部に依願した。

軍事費カツカツの財布の渋い本部に何度も依願した。

これが功を奏し、秋山師団の守っていた最右翼へコサック騎兵の侵入を赦さなかった。黒溝台という場所では下手をすると最右翼が大崩れし、敗戦の危機となる恐れがあった。

 

また相手の平站補給の妨害やロシア側の通信網や鉄道路の破壊・威力偵察など、近代的戦争における騎兵の効果的な働き方を熟慮していた。馬上から斬り合い打ち合うのは象徴としての騎兵像だ。騎兵は機動力こそが主たる特性なのである。

 

日露戦争後、元帥への昇格の話もあったが、これを断り田舎の松山で北矛高校という所の校長を勤めた。他の大将たちに比べれば地味な晩節と言えよう。清貧にして無欲、しかし心は豪胆という性質は生涯一貫したものだった。幸か不幸かそのためあまり人物史や晩年の様子の記録物が少ないのが惜しくてたまらない。

 

「男児は生涯一事を成せば足る」という彼の人生観を思い出すたびに、所在の無い気持ちになる。

秋山好古の臨終の言葉は「奉天へ」と生涯の一大事業想起させる一言だった。「馬曳け!」であったなどと諸説あるが、いづれも日本騎兵の父という立場より発せられたものだ。

以前本の感想で書いた棋士村山聖も「2七銀…」であった。

 自分にはまだそういうものが無い。

 

坂の上の雲」を読み、松山のお墓にお酒を供えに行きたいと思い7年が過ぎようとしている。

年の瀬に達成できなかったことを振り返っていたら、秋山大将のことを思い出しこんな内容になってしまった。

機会のある方は「坂の上の雲」にて秋山’信三郎’好古さんのカッコイイ生き方に触れてみてもらえると嬉しいです。