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人の性格は変わるか?

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僕は元来ネガティブで無気力な人間なんだけれども、ある時期自分でも信じられないぐらい前向きになれた時期があった。

 

それは大体半年ぐらい続いた。

 

初めは「何か最近調子が良いな」という程度の誤差のようなものだったがそれは次第に膨らみ続け、一個の人格にまで成長した。

  • とにかく毎日が楽しくて仕方がなかった。冬の静けさ大好き人間だったが、春夏の陽光がマンガのように煌びやかに見え祝福を受けている気分だった。
  • 無性に色々なものに感謝したくなった。多少のことでは動じなくなり、全能感に満ちていた。
  • 行動力が増し、思案を重ねるより先に実行してみる癖が付いた。
  • 名文や美しい一節など心の琴線に触れるものに出会うと、全身が貫かれるように感動した。(無意識に立ち上がったりして
  • 人見知りが影を潜め、多くの人にフランクでフレンドリーに振舞った
  • 頭が良く回ってた(気がする)。
  • あとデフォルトで声がデカかった(エネルギーが余っていた?)

 

2ヶ月目ぐらいには、さすがに自分の内面の変化に戸惑っていた。

外国人ってこんな感じの性格なのかな?とか今までが臆病でネガティブすぎただけなのかな?などと栓の無い考えがグルグルと頭を廻ったが、結論として楽しいし悪いことじゃないしまあ良いか、という経過措置に落ち着いた。

ちなみにこの頃に人生で唯一他人と激しい議論をした。(仕事のことでだが)

 これまでどんなに自分の意見が正しいと思っていても、折衷案でお茶を濁してきた。

 

 

その不思議な半年は、そのある職場にいた時期に勤め始めてから端を発し、そこを退職すると次第に鳴りを潜めていった。

先に述べたなんでもできそうな全能感や行動力を担保とした退職であった。

しかし憑き物が落ちたようにまた怠惰な性格に戻ってしまったのだ。

その時に出来た友人もいたが、元の状態に戻るとあまり連絡を取る気にならなかった。

 

 

そしてそのあと何年もあの時のあれはなんだったんだろう、としばしば振り返り、

あわよくばもう一度あの状態になりたいと長い時間囚われていた。

 

しかし今思うに、あれは一種の躁病だったのではないかと思う。

 

 

 

 

1、短眠生活だった(放って置けば10時間は寝るロングスリーパーだが5時間睡眠ぐらいが続いていた)

2、いわゆるブラックな労働環境だったので家に篭る習慣が断ち切られた

3、肉体労働も多く筋肉が増え、体重が落ち、見た目が多少マシになった

4、サウナスーツを着ているぐらい毎日多量の汗をかいた

5、正規雇用を得たことで精神的充足感があった(絵にかいたようなワープアでしたが)

6、接客業だったので絶えず声を出し、脳に刺激を与えていた

7、通勤時間が長く本を読んでいたが、その本が良かった(小説だが自己啓発的な要素もある本)

8、人生で初めて職業としての「夢」を抱いた(現在では泡のように消えようとしているが)

9、早寝早起きで太陽の光を浴びていた。

 

こんなところだろうか。そして「あの状態」がなんだったのか、何年かかけて調べたら、オナ禁という運動の存在を知り、そこで論じられている「スーパーサイヤ人効果」なるものがとても近かった。なので僕はその「SS効果」も結局躁病の亜種なのではないかと思っている。

 

「あの状態」を戻る一歩目にまず3の運動習慣に大きな期待を寄せた。だがそれ単体では心身がさっぱりするだけだった。まあ運動は趣味としては有用で「あの状態」のピースの一つであることは間違いないとは思う。

7の本も違う種類のものを読み漁り、人生観において刺激は受けたが人格にまで作用してはくれなかった。

 

7の「大きな目標」を掲げる頃には、もうその状態になっていたので必要不可欠とは言いがたい。

となると1、4、6、9あたりがキーのような気がする。特に短眠。しかし僕は寝るのが何よりも好きなのだ…。

血流を良くすることが基盤である。そこに短眠による軽度のストレスからエンドルフィンが出ていたとかなんだろうか。やはりよく分からない。

今でも調子の良し悪しは日々変動しているが、あんな劇的な性格の変化は起こっていない。

当時のことを父と話したら、なんかいつも酔っ払っているようなテンションで心配だったらしい。

躁鬱の人は躁の時が危ないと聞きますよね。

 

人の性格はモノアミンという脳内ホルモンのバランスで出来ているらしい。

それをカクテルのようにブレンドしたものが性格で、その塩梅はちょっとした違いの積み重ねである。

人の性格を羨ましいと思ったことは誰だってあるでしょう。

豪快で悩みの無さそうなA君もぼくのように内向的で他人に追従的なB君も、キャラクターのイメージの根は深いが、突き詰めると数種類の伝達物質の差に過ぎないのだ。

 

その人が本当に変わりたければ性格は変えられると思います。

 まず人間が習慣を作り、習慣が人間を作る。

といいつつ僕はグータラな性格に戻ってしまったんですけどね。

 

ちなみに躁から普通の状態(やや欝)に転じた後に今でも思い出すトラウマ級の大恥があるのだが、また機会があれば聞いてやってください。

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